JR西日本が2020年5月から運行を開始すると発表した「WEST EXPRESS 銀河」。京阪神地区と出雲市を結ぶ夜行特急列車としてデビューします。もはや風前の灯となってしまったJRの夜行列車ですが、「WEST EXPRESS 銀河」は、これまでの夜行列車に代わる新たなスタンダードになれるでしょうか?
ニーズの多様化に対応した「WEST EXPRESS 銀河」
JR西日本が2020年5月に運行開始を予定している「WEST EXPRESS 銀河」は、一言でいえば、ニーズの多様化に対応した列車であると言えます。
通常のリクライニングシートから、B寝台のような二段ベッドで横になれる「クシェット」、グリーン車の指定席、ファミリー向けの個室「ファミリーキャビン」、グリーン個室「プレミアムルーム」など、6両編成の列車の中には、多種多様な座席が用意されています。
また、その運行形態もユニーク。2020年5月~9月は京阪神地区~出雲市の夜行列車として、2020年10月~2021年3月は京阪神地区~下関の昼行特急列車として運転されることが発表されています。
シーズンごとに、需要のある地域へ、列車を設定しているのです。
詳しくは、以下の記事をご覧ください。
時代とともに役割を変える国鉄・JRの夜行列車
前述のとおり、JRの夜行列車は絶滅寸前です。2019年11月現在、運転されている夜行列車は、
- サンライズ出雲・瀬戸(東京~出雲市・高松,定期列車)
- ムーンライトながら(東京~大垣,春夏冬の季節運行)
だけです。毎日運転される定期列車に限定すれば、サンライズ出雲・瀬戸だけになってしまいます。
かつては長距離移動の花形「ブルートレイン」
そんなJRの夜行列車ですが、これまで、時代とともにその役割を変えてきました。
新幹線網が整備されるまでは、長距離を移動するための交通機関の役割を果たしていました。東京と九州各地を結ぶブルートレインや、青函連絡船に接続する上野~青森の夜行列車などなど。昭和40年代~50年代には、東京駅や上野駅からは、夕方以降に次々と夜行列車が発車していきました。
その後、新幹線網が整備され、さらに航空機の利用が一般的になってくると、夜行列車は、長距離移動の役割を徐々に奪われていきました。
高速バス対抗「ムーンライト」と豪華寝台特急の時代へ
そして、主戦場は中距離、高速バス対抗へ。夜行快速列車「ムーンライト」シリーズがあちこちで運転を開始しました。主に特急用の車両を用いて、座席のみの夜行列車として運転されていました。「快速」として運転することで、青春18きっぷでも乗車できるようにして、料金の安い高速バスに対抗しました。つまり、「リーズナブルな移動手段」としての役割です。
筆者も、青春18きっぷの旅のスタートに、「ムーンライトえちご」(新宿~新潟)をよく利用しました。
また、同じ時期に、個室や豪華な食堂車などを連結し、単なる移動手段ではなく、移動そのものに付加価値を持たせようとする夜行列車が現れてきました。青函トンネルを経由して東京や大阪と北海道を結ぶ「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」などの豪華寝台列車です。一時期、「北斗星」は毎日3往復も運転されるほどの人気列車となりました。
「ムーンライト」も豪華寝台特急も次々と廃止へ
ところが、ここ10年ほどのうちに、夜行快速列車「ムーンライト」シリーズも、「北斗星」などの豪華寝台列車も次々と廃止され、前述のとおり、現在残っているのは「サンライズ出雲・瀬戸」と「ムーンライトながら」だけになってしまいました。
現在残っている「ムーンライトながら」は、指定席が取りにくい人気列車ですが、運転日をどんどん減らしています。青春18きっぷを利用する乗客が多く、JRにとっては儲けが少ない列車なのでしょう。
一方、本州~北海道を結ぶ豪華寝台列車は、北海道新幹線の開業に伴い、姿を消してしまいました。「北斗星」と「トワイライトエクスプレス」に関しては、車両の老朽化という事情もあったのでしょう。一時期ほどではないにせよ、それなりに需要があった列車ですので、廃止されてしまったのは残念です。
豪華クルーズトレインの時代?
ここ数年で、新たな列車として、「ななつ星in九州」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」「四季島」などの豪華クルーズトレインが続々と誕生しています。
これらの列車は、あらかじめ決められたコースを周遊するための列車です。これらの列車に乗車することは、ツアー旅行を丸ごと購入することを意味します。これまでの移動手段としての夜行列車とは性格が大きく異なります。
「カシオペア」や「トライライトエクスプレス」のような個室主体の寝台列車のニーズを、多少なりとも受け継いではいると思いますが、料金が数十万円以上と高額であることや、移動手段ではないために個人旅行の行程に組み込めないことなどから、ここでは対象外とします。
「WEST EXPRESS 銀河」は多様なニーズに応えるカジュアルな夜行列車!
このような夜行列車の変遷を踏まえたうえで、「WEST EXPRESS 銀河」の特徴をもう一度振り返ってみましょう。
- 多様なニーズに対応するさまざまな座席種別
- 通常の特急列車と同等の比較的リーズナブルな料金
- 観光シーズンに需要のある地域への柔軟な運行
まず、格安の移動に特化した夜行快速列車「ムーンライト」シリーズとは一線を画しています。特急列車として運転される「WEST EXPRESS 銀河」は、「ムーンライト」シリーズよりも料金は若干高めですが、座席だけでなく、横になれるクシェットや個室など、さまざまな設備を備えています。リクライニングシート以外の設備があるため、一晩乗車したあとの疲労度は大きく違います。
一方で、かつての「北斗星」「カシオペア」などの豪華寝台特急と比べると、食堂車やシャワー設備などがない、個室の豪華さも控えめという点で、グレードとしては少し落ちそうです。ただし、座席種別の多様性では勝っていて、多様なニーズに応えるという点では、豪華寝台特急の上をいくかもしれません。
また、6両編成に4か所ものフリースペースを設けるなど、豪華ではないにしても、車内で自由にくつろげるスペースを確保しているのも、最近の列車ならではです。
このように、「WEST EXPRESS 銀河」は、
比較的リーズナブルな料金設定をすることで「移動手段」の選択肢になりつつも、多様な座席種別や潤沢なフリースペースを提供して「移動も楽しむ」列車である
ということが言えそうです。
これまでの夜行列車と比較すると、「北斗星」などの豪華寝台特急を少しカジュアルにして、今の時代にあった多様なニーズに応える列車 という位置づけができそうです。
「WEST EXPRESS 銀河」は季節運行で需要のあるエリアへ柔軟に運行!
「WEST EXPRESS 銀河」は、定期列車ではなく、期間ごとに運行するエリアを変える列車です。
2020年5月のデビューからは、
- 2020年5月~9月: 京阪神地区~出雲市の夜行特急列車として運行
- 2020年10月~2021年3月: 京阪神地区~下関の昼行特急列車として運行
という計画が発表されています。
京阪神地区~出雲市間での運行は、「サンライズ出雲」と同じルートですが、「サンライズ出雲」が主に関東~東海地区の乗客を対象としているのに対して、「WEST EXPRESS 銀河」は京阪神地区の乗客を対象としているため、棲み分けができるということなのでしょう。
「サンライズ出雲」は、JRの夜行列車が次々と消えていく中で、安定した人気を保っています。山陰地方(出雲市)という新幹線では直接行くことができないエリアへの夜行需要がまだあるということです。
「WEST EXPRESS 銀河」は、そんな山陰エリアへ直通し、夜行列車として運行することで、翌朝、午前中から観光ができるという利便性を狙っていると思われます。
(出典)新たな長距離列車の列車名・エクステリア・設備愛称名の決定について(JR西日本 PDFファイル)
一方、2020年10月からの下関への運行は、2020年10月~12月に実施される「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」に合わせたものです。
JR西日本はエリアが広いので、このようにシーズンごとに、需要のあるエリアに運行するということができるのですね。
定期列車として運行するとなると、基本的に毎日運行しなくてはいけませんが、一般的には季節ごとに需要は大きく異なりますので、JRにとっても非効率なんですよね。
一方で、毎日、同じ区間で運行していると、その列車の認知度は上がりますし、旅行の行程にも組み込みやすくなります。
半年くらいのまとまった期間で運行するエリアを変えるのは、ある程度の需要を確保しつつ、乗客にアピールする効果を狙ったものだと思います。
「WEST EXPRESS 銀河」のグリーン料金はホテルを意識か?
「WEST EXPRESS 銀河」に乗車するには、運賃のほかに、特急料金と、利用する設備に応じた料金(指定席料金、グリーン料金、グリーン個室料金)が必要になります。
「WEST EXPRESS 銀河」の京都~出雲市(~600kmまで)の料金を見てみます。
設備 | 料金 |
---|---|
普通車指定席 | 530円 |
グリーン車指定席 | 5,400円 |
グリーン個室 | 8,450円 |
※上記以外に運賃(7,150円)と特急料金(2,960円)が必要
どちらにしろ移動が必要であれば、何らかの形で運賃(乗車券)は必要です。さらに、通常の旅行であれば、普通列車を乗り継ぐこともないでしょうから、特急料金もかかります。つまり、それ以外に、設備に応じた料金を支払う価値があるかどうか、という点が、「WEST EXPRESS 銀河」を利用する判断材料になりそうです。
(出典)新たな長距離列車の列車名・エクステリア・設備愛称名の決定について(JR西日本 PDFファイル)
普通車指定席(リクライニングシート、クシェット)の場合には、運賃・特急料金にプラスして、たった530円しかかかりません。これで、寝ている間に移動できるのですから、かなりお得感は高いです。
一方、グリーン車指定席料金の場合は5,400円、グリーン個室の場合は8,450円がプラスでかかります。かなり高いように感じますが、寝ている間に移動できるということは、ホテル代がかかりません。ホテル代との比較で考えると、5,400円~8,450円というのは、ビジネスホテルに泊まるくらいの料金で、夜行特急列車に乗車できるということになります。
もちろん、スペースや設備は劣りますが、代わりに、寝ている間に移動できるメリットがあります。
こう考えると、「WEST EXPRESS 銀河」のグリーン料金は、ホテルに一泊して翌朝移動するのと比較したときに、リーズナブルだと思える料金帯に設定しているのではないか と思います。
「WEST EXPRESS 銀河」は今後の夜行列車のスタンダードになれるか?
もはや、一般的な移動手段としての優位性を失ってしまった夜行列車ですが、今後もJRが夜行列車の運転を継続していくことができるとしたら、その条件は、以下のようなものだと考えています。
- 夜行列車ならではの非日常性
- 夜行高速バスよりくつろげる車内
- 新幹線程度のリーズナブルな料金
- 夜行列車に適した運行区間
これまで見てきたように、「WEST EXPRESS 銀河」は上の3つの条件を満たしています。特に、座席の多様性や比較的リーズナブルな料金は、今後の夜行列車のスタンダードになる可能性を秘めていると思います。
問題は、4つ目でしょうか。
京阪神地区~出雲市間は、寝台特急「出雲」の時代から「サンライズ出雲」が受け継いできた伝統的なルートの一部です。この区間での「WEST EXPRESS 銀河」の運行は、ある意味、「サンライズ出雲」の人気に乗っかっただけという見方もできます。
それでは、他に夜行列車で移動することが望まれる運行区間があるでしょうか。
一つヒントになるとすれば、「早朝到着需要」でしょう。
東武鉄道が春~夏に運行している「尾瀬夜行23:55」は、早朝に尾瀬に到着してハイキングや登山を楽しめる列車です。また、冬に運行している「スノーパル23:55」は、早朝にスキー場に到着して、朝からスキーやスノーボードを楽しむための列車です。
このように、公共交通機関で早朝に到着するニーズがある場所があれば、そこへの夜行列車の需要は、一定数あるのではないかと思います。
夜行バスでもいいのですが、車内の居住性は圧倒的に鉄道のほうが上です。「WEST EXPRESS 銀河」のようにさまざまな座席種別があったり、フリースペースが充実したりしていれば、なおさらですね。
JR東日本は「WEST EXPRESS 銀河」に追随するか?
自社内で完結する夜行列車を走らせるほどのエリアを持つ鉄道会社は、JR西日本以外には、JR東日本が考えられます。東北地方から関東・甲信越地方まで、本州のほぼ半分をエリアに持っています。
「WEST EXPRESS 銀河」のコンセプトと似たような夜行列車を走らせることができるとしたら、その筆頭はJR東日本ということになりそうです。
首都圏を起点とすれば、東武の「尾瀬夜行23:55」のような特定の需要に対応した列車でも成り立ちそうです。また、新幹線では不便な地域、例えば、秋田県北部や庄内地方などへも、年末年始やお盆休みのような繁忙期であれば需要はありそうですし、青函トンネルを経由して本州~北海道を行き来することもできるでしょう。
問題は、最低でも交直流電車が必要なことでしょうか。北陸を除くほとんどのエリアで直流電化を採用しているJR西日本とは異なり、JR東日本のエリアでは、直流電化と交流電化が入り乱れています。首都圏から東北へ走らせることを想定すると、交直流電車は必須でしょう。とはいえ、今のところ、交直流電車にはあまり余剰はなさそうではありますが……
以上、「JR西日本の観光列車「WEST ESPRESS 銀河」は新たな夜行列車のスタンダードとなるか?」でお届けしました。夜行列車には独特の雰囲気があります。旅行の大きなアクセントになりますので、気軽に利用できるような夜行列車の登場を望みたいですね。
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