NRIが五能線「リゾートしらかみ」を対象にした沿線への経済波及効果を試算した記事が日経ビジネスに掲載されています。観光列車による経済波及効果はそれなりにあるものの、ほとんどが沿線外の主要都市の利益となり、五能線沿線は「スルー」されているという興味深い結果でした。ローカル線の存廃問題で、沿線自治体が費用負担をするうえで示唆に富んだ記事でしたので、紹介したいと思います。
NRIが五能線の観光列車「リゾートしらかみ」の経済波及効果を試算
日経新聞のWebサイトに「ローカル線、存廃は広域で議論を 観光列車効果は限定的」という記事が掲載されています。日経ビジネスに掲載された記事を再構成したものだそうです。
2023年10月に施行される「改正地域公共交通活性化再生法」を主眼に置いた記事です。JR単独では赤字のローカル線も、特に観光面において、沿線に及ぼす経済効果を加味すれば、沿線自治体の費用負担で存続させるメリットがあるのではないかという観点で論じられています。
その中で、NRIが五能線の観光列車「リゾートしらかみ」を対象に、乗客に対するアンケート調査等で、沿線への経済波及効果を試算した結果が掲載されています。
この結果が興味深かったので、以下で紹介するとともに、考察してみます。
五能線の赤字は年38億円、経済波及効果は約30億円!
NRIが試算した五能線「リゾートしらかみ」の経済波及効果のグラフです。
(出典)ローカル線、存廃は広域で議論を 観光列車効果は限定的(日経新聞Webサイト 2023年9月14日)
このグラフと、JR東日本が公表しているローカル線の「線区別収支」をあわせてみていきましょう。
乗車の行き帰りの新幹線で稼ぐ「リゾートしらかみ」
まずは、収入を見てみましょう。一番下にある「リゾートしらかみの収入」(6.4億円)は、「リゾートしらかみ」の運賃+指定席券の収入に加えて、「リゾートしらかみ」乗車の行き帰りに利用される新幹線(東北新幹線、秋田新幹線)の運賃・料金なども含まれています。記事によると、「リゾートしらかみ」単体の収入は1.6億円、新幹線など「リゾートしらかみ」以外の収入が4.8億円となっています。
- リゾートしらかみの収入: 6.4億円の内訳
- リゾートしらかみ単体の収入: 1.6億円
- リゾートしらかみ乗車の行き帰りの新幹線などの収入: 4.8億円
「リゾートしらかみ」単体の実に3倍を、前後の新幹線の運賃・料金で稼ぐ構造になっています。これが、JR東日本が、赤字ローカル線の五能線に、専用の新型車両まで投入して1日に3往復も観光列車を走らせる理由です。首都圏から、東京(東北新幹線)新青森(リゾートしらかみ)秋田(秋田新幹線)東京 という周遊ルートがあることで、「リゾートしらかみ」が稼げる観光列車になっています。
一方、支出にある「リゾートしらかみの営業費用」を見てみると、詳細な数値はわかりませんが、グラフから読み取ると、約2~3億円といったところです。収入6.4億円に対して、費用が2~3億円であれば、「リゾートしらかみ」単体で見れば黒字ということになります。つまり、JR東日本にとっては、「リゾートしらかみ」を走らせないよりも、走らせた方がよい列車ということになります。
五能線全体ではJR東日本は大赤字
次に、「リゾートしらかみ」を含めた五能線全体の収支を見てみましょう。
JR東日本が2019年度から公表しているローカル線の「線区別収支」に、五能線の収支が掲載されています。NRIの試算に使われている支出41.5億円は、JR東日本の2019年度の線区別収支のようですので、2019年度のデータを見てみます。
【五能線の収支(2019年度)】
項目 | 数値 |
---|---|
運輸収入 | 3.24億円 |
営業費用 | 41.53億円 |
収支 | △38.29億円 |
運輸収入が3.2億円に対して、営業費用が41.5億円となっていて、実に38億円以上の赤字となっています。
前述の「リゾートしらかみ」単体の収支と照らし合わせてみると、「リゾートしらかみ」を走らせることによって、赤字を3~4億円程度は圧縮できている計算になりますが、五能線全体の収支でみれば焼け石に水であることがわかります。
沿線への経済波及効果は約30億円!
NRIが試算したでは、地域に及ぼす経済波及効果は年29.6億円になるそうです。前述のグラフでは、「沿線観光収入」「宿泊消費」「原材料・所得などへの波及効果」の3つの合計です。
記事では、「成功しているとされる観光列車をもってしても赤字を埋めるには至っていないという現実が示された」と総括されていますが、個人的には、意外に経済効果があるのだなと驚きました。
ただ、この経済効果は、残念ながらJR東日本の収入には関係ありません。民間企業であるJR東日本が年38億円の赤字を出しながら運行している五能線が、沿線に年30億円の経済波及効果をもたらしているということです。
- JR東日本の収支: 年38億円の赤字
- 沿線の経済波及効果: 年30億円
これは、さすがに歪んだ構造になっていると言わざるを得ません。見方を変えれば、沿線の自治体は、JR東日本に巨額の赤字を負担させて、自らは30億円の経済波及効果を得ているわけです。
この事実は、赤字ローカル線の存廃議論にも影響を及ぼしそうです。
経済波及効果の多くは沿線ではなく周辺都市へ
NRIの試算で注目したい点がもう一つあります。「リゾートしらかみ」の経済波及効果が、どこに恩恵をもたらしているかという分析です。記事から要点を抜粋してみます。
- 沿線観光消費は乗客1人当たり1万円弱だが、五能線沿線に落ちているのは約3000円。それ以外は沿線外。
- 乗客1人当たりの宿泊消費は、青森県で約1万円、秋田県で約6000円。五能線沿線よりも、青森市、弘前市、秋田市が多い。
※経済波及効果は沿線観光消費と宿泊消費を試算したうえで、第1次波及効果(原材料など)、第2次波及効果(働く人々の所得など)を推計したもの。
実際に何度も「リゾートしらかみ」に乗車したことがありますが、これは実感とあっています。自分自身も、秋田駅周辺や青森駅周辺に宿泊することが多いですし、「リゾートしらかみ」に乗っていても、全線乗りとおす人が多いです。
五能線沿線、特に日本海岸に沿う区間で、宿泊施設がそれなりにあるのは、深浦駅周辺、鯵ヶ沢駅周辺くらいでしょう。それも駅前にあるわけではないので、利便性が高いとは言えません。
経済波及効果が高いエリアと、ローカル線存続のために負担を求められる沿線自治体がずれているのは、ローカル線の存続に向けて財政負担をする場合にもめる原因になりそうです。
自治体負担でのローカル線存続は「赤字」ではなく必要な「コスト」
日経ビジネスの記事では、自治体の財政負担でローカル線を存続させようとしても、
- 観光列車の成功例といわれる「リゾートしらかみ」の経済波及効果をもってしても赤字の穴埋めには至らない
- 観光列車の経済波及効果は沿線ではなく、周辺都市部に集中する
という問題があり、少なくとも沿線自治体(市町村)だけでなく、県レベルでの議論が必要と結論付けています。
これはもちろんその通りだと思うのですが、観光を主体とした地域振興のために鉄道を維持するのであれば、自治体は、そのためのコストを負担するという感覚が必要であると感じます。
実際、只見線の復旧の際には、福島県が主導して、復旧費用の3分の2を負担、復旧後は上下分離方式で鉄道設備を維持し、JR東日本の赤字も補填するという条件で、鉄路での復旧を実現しています。
ローカル線の場合は、沿線の観光地の二次交通や宿泊のキャパシティが小さいことも多いでしょう。沿線が提供できる観光資源に対して、経済波及効果がどのくらいなのか、そして、それに対して負担できるコストはどの程度なのか? これらを自ら試算する必要がありそうです。
もちろん、あくまで沿線住民の足としてだけ考えるのであれば、バス転換という案もありえます。多少のコストを負担しても鉄道として維持すべきなのか、そうでないのか、自治体は鉄道会社の提案を待つだけでなく、自ら判断する必要があるでしょう。
以上、『NRIが「リゾートしらかみ」の経済波及効果を試算! 効果は予想以上も五能線の赤字穴埋めには至らず』でした。観光列車の経済波及効果が予想以上に大きかったのに驚きましたが、それはJRが多大な赤字を負担して得られたものであるという理解が必要です。
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当ブログでは、JR北海道の「単独では維持困難な線区」の動向を見守ってきました。今後、赤字ローカル線の存廃問題は、JR北海道だけでなく、他の鉄道会社へも波及していくことになると思われます。
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