東日本大震災で津波被害を受け、BRTとして復旧した気仙沼線・大船渡線に乗車してきました。6年前(2013年夏)に乗車した時と比べると、堤防や橋梁の工事は続いているものの、徐々に復興が進んでいる様子を感じとることができました。
この記事では、気仙沼線BRTの乗車レポートをお届けします。
気仙沼線・大船渡線BRTとは?
BRTは、「バス高速輸送システム」(BRT: Bus Rapid Transit)のことで、一般には、バス専用道を利用したバスによる大量輸送機関のことを指します。日本では、廃止になった鉄道の跡地をバス専用道として活用するケースが多いようです。
気仙沼線、大船渡線は、いずれもJR東日本の鉄道路線ですが、2011年の東日本大震災で、それぞれ、3分の1以上の区間が津波で流出してしまいました。この復旧にあたり、被災前の乗車人員と復旧費用を考慮して、鉄道ではなくBRTでの復旧となったわけです。
現在、気仙沼線、大船渡線で、BRTで運行されている区間は以下の通りです。
路線名 | 区間 | 距離 | 運行形態 |
---|---|---|---|
気仙沼線 | 前谷地~柳津 | 17.5km | 鉄道 |
柳津~気仙沼 | 55.3km | BRT | |
大船渡線 | 一ノ関~気仙沼 | 62.0km | 鉄道 |
気仙沼~盛(さかり) | 43.7km | BRT |
※気仙沼線では、鉄道で運行している前谷地~柳津間でもBRTの運転も実施
気仙沼線、大船渡線のBRT運行区間では、バス専用道を走行する区間と、一般道を走行する区間があります。鉄道だった区間をBRTに転用する工事が実施されているところもありますが、市街地などではバスの機動性を活かして、一般道経由で高台に移転した役場や病院などへも乗り入れています。
気仙沼線BRT乗車レポート
今回、前谷地→気仙沼の気仙沼線全区間に乗車してきましたので、沿線の様子も含めてレポートします。
前谷地~柳津はディーゼルカーで移動
2019年1月上旬の土曜日、前日に石巻に宿泊し、早朝の石巻線の列車で、気仙沼線の起点駅、前谷地(まえやち)までやってきました。
前谷地から柳津(やないづ)までは、2両編成のキハ110系気動車に乗車します。土曜日ということもあってか、車内は閑散としていました。
07時33分、前谷地を出発。朝日を浴びながら、田園風景が広がるのどかなエリアを進みます。北上川から分岐した旧北上川に沿って進んでいるのですが、川とは少し距離があるようで、車窓からは見えません。ときおり、旧北上川の支流を渡ります。
終点の柳津駅に到着する直前に、北上川から旧北上川が分岐するところで橋梁を渡ります。東北を代表する大河、川幅がとても広いです。
07時56分、終点の柳津に到着しました。
BRT専用ホームが整備された柳津駅
柳津駅では、ディーゼルカーからBRTに乗り換えです。2013年に乗車したときは、柳津駅の駅前広場で、路線バスのような形で乗り換えたのを覚えています。
2018年7月に、柳津~陸前戸倉の二駅間でBRT専用道が開通したのを機に、柳津駅でもBRT専用ホームが設けられたのでした。鉄路はここで途切れていますが、かつて線路が敷かれていた路盤はアスファルト舗装になり、いまはBRT専用道として使われています。
BRTとはいっても、車両は普通のバスです。しかも、普通の路線バスタイプです。ただ、あくまで「JR気仙沼線」ですので、運賃は鉄道と同じです。当然、青春18きっぷでも乗車できます。
乗り継ぎ時間は10分。急いでトイレを済ませて、BRTに乗車しました。この先、気仙沼までの所要時間は約2時間。列車と違ってトイレはないので、あらかじめ済ませておくことが重要です。
08時06分、鉄道から乗り換えた5名ほどの乗客を乗せて出発です。
志津川湾の絶景を眺めて南三陸町へ
柳津駅を出ると、しばらくはBRT専用道を進みます。もともと単線の区間ですので、専用道といっても、バス一台分の幅しかありません。両側にはガードレースがありますが、あまりスピードを出すこともできず、慎重に進んでいくという印象です。
このように、両側にホーム(バス停?)がある駅が多いようです。単線の鉄道と同じく、駅や退避スペースなどの行き違い設備もあります。
ちなみに、乗降システムはバスと同じです。途中駅で下車したい場合には、ブザーを押さないといけません。ブザーが押されていないと、乗車する客がいなければ、駅を通過してしまいます。
二つ目の駅、陸前戸倉を出ると、車窓右側に志津川湾が広がります。
複雑な形をした入り江が連続する、とても風光明媚な区間です。東日本大震災の前、2008年に、気仙沼から臨時快速列車「こがねふかひれ」号に乗車したことを思い出します。
このような入り江になっているところは、津波の波高が高くなり、被害が大きくなってしまいます。中でも、この志津川湾は被害が大きく、実に20メートルを超える津波に襲われたそうです。
津波で被災したままの姿で残る「高野会館」も、志津川湾に面した海岸沿いにあります。鉄筋の4階建てで、4階まで津波に襲われたそうですが、300人以上が屋上に避難して助かったということです。
南三陸町では、この「高野会館」を震災遺構として保存するのかについて、議論が続いていると聞いたことがありますが、どうなったのでしょうか。
海岸沿いは、被災した建物やがれきは撤去されたものの、依然として堤防の建設や土地の造成などがあちこちで行われています。人手不足でなかなか工事が進まないという話も聞きますが…。
現在のBRT志津川駅です。南三陸さんさん商店街が移転したのに伴い、志津川駅もその近くに移設されたそうです。このあたりは、BRTならではの身軽さですね。
南三陸町の中心駅ですが、土曜日の午前中とあってか、乗車したのは2名のみ。そのうちの1名はすぐに下車していきました。路線バスのような使い方をされているのなら、BRTで復旧した意味はあったということなのでしょうか。
高台に移転して、2017年に開庁した南三陸町役場です。旧庁舎は、津波で全壊してしまったんだそうです。BRTは、高台にある町役場まで登ってきます。
歌津駅の近くでも海岸線を走ります。志津川湾に面したエリアに入ってきてからは、ずっと一般道を走行しています。気仙沼線BRTは、最終的には90%近くを専用道にする計画だそうですので、まだまだ工事中のところが多いのでしょう。
陸前港~蔵内間で見かけた橋梁の工事現場。こちらのバスは一般道を走行していますが、この工事中の橋はBRT専用道でしょうか。
川の両岸にも大きな堤防を整備しています。河口に近いので、津波が遡上して被害を受けてしまったのでしょう。とにかく、このような工事現場ばかりが見られます。
気仙沼市街地では路線バスとしても利用されているBRT
本吉の近くでは、少しだけBRT専用道を通過します。
前述のように、BRT専用道といっても単線ですので、あちこちにこのようなBRT専用の信号機があります。信号機は常に赤になっていて、BRTが停止位置に停車すると青に変わる仕組みです。車両感応式の信号機です。行き違いがあるときは、対向のBRTがやってくるまでは赤のままなのでしょう。
BRT専用道を抜け、気仙沼の市街地に近づいてくると、徐々に乗客が増えてきます。参考書を持った高校生が多く乗車していますが、受験に向けて塾通いでしょうか。
気仙沼の郊外から乗車して、市街地で下車するというように、完全に路線バスとして使われているようです。
本吉~気仙沼間は、BRTの運転本数も2倍に増え、日中時間帯でも1時間に2本くらい運転されています。少なくとも、この区間では、鉄道のときよりも本数が増え、利便性は向上したのではないでしょうか。
10時ちょうどに、終点の気仙沼駅に到着しました。気仙沼駅のバス停は、鉄道時代のホームがそのままバス乗り場になったような形で整備されていました。
左側のホームは、先ほど到着したBRTのホーム、右側は大船渡線の鉄道のホームです。同一ホームで、BRTと鉄道の乗り換えができるようになっています。
このあと、大船渡線BRTに乗車します(つづく)。
以上、「気仙沼線BRT乗車レポート」をお届けしました。東日本大震災からもうすぐ8年。気仙沼線BRTの沿線では、復興が進み、平穏な日常生活が見られたところもある一方で、海岸や河口では堤防などの大規模な工事が現在も進行中です。鉄道時代よりも運転本数が増えた気仙沼線BRTが、復興を支える存在になればいいなと思ったのでした。
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