JR東日本は、2023年春以降、Suicaの主要な機能をセンターサーバに集約するクラウド化を進めると発表しました。北東北へのSuicaエリア拡大以外に具体的なサービスの発表はありませんでしたが、予約情報とICカードを簡単に紐づけることができるこのシステムは、大きな可能性を秘めています。この記事では、今後、どんなサービスが実現されるか、妄想を交えて考えてみたいと思います。
Suicaの主要機能をセンターサーバに集約する新たな改札システムを開発へ!
JR東日本は、2023年春以降、北東北3県へSuica利用エリアを拡大すると発表しました。
同時に、このSuicaエリアの拡大にあたって、Suicaの主要機能を、各改札機からセンターサーバに集約する新たな改札システムを開発することも発表しています。
このリリースの本質は、後者の改札システムの刷新にあると思われます。北東北へのSuicaエリア拡大は、そのサービスの一つと見るのが正しいでしょう。
Suicaの主要機能をセンターサーバに集約するとどんなサービスが実現できるのか、この記事で考えていきたいと思います。
「新幹線eチケット」では実用化済みのセンターサーバ方式
Suicaの主要機能をセンターサーバ方式にするとは、いったいどういうことでしょうか?
JR東日本のニュースリリースに掲載されている図にあるとおり、現行の改札システムでは、各改札機で運賃計算をしているのですが、センターサーバ方式では、サーバ側(クラウド側)で運賃を計算するようになります。
これだけだと、運賃計算をどこで実現するかの違いしかないように見えますが、センターサーバ方式を採用することで、チケットレス化を実現しやすいというメリットがあります。このセンターサーバ方式は、実は「新幹線eチケットサービス」で、2020年3月から利用されています。
(出典)「新幹線eチケットサービス」が始まります!(JR東日本ニュースリリース 2020年2月4日 PDF)
センターサーバ方式では、「えきねっと」等のネット予約サービスから購入した指定席の予約情報をセンターサーバ側に保持しています。このとき、予約情報には、乗車に利用する交通系ICカードを登録しておきます。
そして、新幹線の改札口で、登録した交通系ICカードをタッチした瞬間、センターサーバに予約情報を照会し、予約のある交通系ICカードであれば改札を通ることができる、という仕組みです。
今どきのシステムであれば、このようなクラウド化はあたりまえですが、あらゆる駅のすべての改札機を対応させるとなると、コストも時間もかかるのでしょう。JR東日本では、改札機の数が限られる新幹線から採用したということかと思います。
センターサーバ方式の新たな改札システムで交通系ICカードのエリアは拡大へ!
それでは、センターサーバ方式を採用する新たな改札システムでは、何が実現できるのでしょうか?
いわゆる「運賃計算」という観点に注目すると、交通系ICカードのエリア/会社またぎでの利用や、無人駅の多いローカル区間へのエリア拡大が期待できます。
交通系ICカードのSuicaエリアまたぎ・会社またぎの利用ができるようになる!
まず思いつくのが、現行の交通系ICカードのネックとなっている、Suicaエリアまたぎ、会社またぎの利用ができるようになることでしょう。
現行システムでは、各改札機で運賃計算を実施しているため、駅の数が増えると計算量も膨大になります。特に、首都圏のSuicaエリアでは、JR東日本だけでなく、PASMOを利用できる大手私鉄や地下鉄なども含めて、通しで運賃を計算するため、登録されている駅の数はかなり多くなっていると思われます。各改札機の計算能力を高めることは、コスト的にも物理的にも現実的ではないのでしょう。
これに対して、クラウド側で運賃計算をするのであれば、クラウドの潤沢な計算機資源を利用することができます。
(出典)Suica ご利用可能エリアの拡大について(JR東日本ニュースリリース 2019年10月29日 PDF)
まずは、JR東日本の各Suicaエリアの統合から始めるのではないかと想像します。特に、首都圏エリアと仙台エリアは、常磐線の桃内駅を挟んで隣接しています。品川・上野~仙台で直通の特急「ひたち」が走っていて、いずれの停車駅もSuica利用エリアなのに、通しで利用できない区間があるのです。この不便を解消するのではないかと思います。
そして、いずれは、JR会社間での通しの利用もできるようになる可能性もあります。同じようなシステムを、JR東日本以外のJR各社が導入する必要がありますが、改札システムのコスト削減にもつながるため、他社にも広がる可能性が高いと思います。
問題は、経路を判別する手段がないことでしょうか。例えば、国府津~沼津間を乗車する場合、
- 国府津(東海道本線/JR東日本)熱海(東海道本線/JR東海)
- 国府津(御殿場線/JR東海)沼津
という二つのルートがあります。
前者の運賃は860円、後者は1,170円。実際には御殿場線に乗車したとしても、最安ルートで料金徴収すると東海道本線経由となります。東海道本線経由の場合には、JR東日本の取り分もあるため、JR東海はかなり損をすることになります。
もっとも、首都圏エリアのように、地下鉄や私鉄路線が複雑に入り組んでいる場合、このような問題はよく発生しています。現行システムでは、その点を妥協して運用していると思われるので、実際にはそれほど問題ではないのかもしれません。
改札機のコスト削減でSuica/交通系ICカードの全エリア拡大!?
次に期待できそうなのは、Suica等の交通系ICカードを、無人駅も含む全駅で利用できるようになることでしょうか。
交通系ICカードに対応した自動改札機は、前述のとおり、改札機の内部で運賃計算を実施しています。そのため、それなりの計算機リソースが必要となります。
一方、新たな改札システムでは、センターサーバで運賃計算を実施します。つまり、改札機のやるべきことは、
- 交通系ICカードから情報(乗車駅等)を読み取ってセンターサーバに送信する
- センターサーバから結果を受信し、交通系ICカードから運賃を引き去り、改札のドアを開ける
ということになります。非常に安いコストで改札機を製造することができると思われます。
さらに、無人駅の多いローカル線であれば、現在の路線バスのように、車内に交通系ICカードのリーダーを設置することもできるようになります。
そもそも、現在のローカル線が、路線バスのように、車内に交通系ICカードのリーダーを設置していないのは、路線バスと比較して運賃計算が複雑なためです。路線バスは、そのバスに乗車した停留所と降車した停留所の間の運賃がわかればよいわけですが、鉄道の場合は、他の路線からの乗り継ぎも含めて、通しの運賃を計算する必要があるからです。
新たな改札システムであれば、交通系ICカードを車内に設置し、携帯回線を経由してセンターサーバにアクセスすることができるようになります。複雑な運賃計算はセンターサーバが実施してくれますので、列車内に設置した端末は単なるICカードリーダ/ライタでよいわけです。
列車内に設置できるようになれば、どんなローカル線でも、すぐにSuica対応エリアになります。JR東日本は、自社内全路線のSuicaエリア化を狙っているのではないかと思います。
センターサーバ方式の新たな改札システムで実現できるサービスは?
センターサーバ方式を採用することで実現できる新たなサービスにも期待がかかります。いったいどんなサービスが実現できるのか、妄想を膨らませて考えてみました。
センターサーバ照会方式の「在来線特急版eチケットサービス」
すでに述べたように、センターサーバ方式は、新幹線のチケットレスサービス「新幹線eチケット」で実績があります。在来線の改札システムもセンターサーバ方式に刷新されることにより、在来線特急列車でも、センターサーバ照会方式のチケットレスサービスが開始されるのではないかと思います。
現在でも、JR東日本の「えきねっとチケットレス」や、JR西日本の「J-WESTチケットレス」など、在来線特急列車のチケットレスサービスがあります。
センターサーバ方式になると、何が変わるのでしょうか? 現行のチケットレスサービスと比較してみましょう。
現行のチケットレス サービス |
センターサーバ 照会方式 |
|
---|---|---|
交通系ICカード の紐づけ |
なし | あり |
車内改札 | 省略 | 省略 |
指定席券の確認 | 購入履歴画面 メール等を提示 |
ICカードを利用? |
ぶっちゃけ、チケットレスサービス単体では、乗客として利用する側としては、あまり変化はなさそうです(笑)
車内改札等で、車掌が乗客の予約を確認しやすくなる、くらいのメリットでしょうか。
さらに、在来線特急列車の場合には、新幹線と違って、乗車駅・降車駅で必ず通る改札というものがありません。乗車駅まで、あるいは、降車駅から普通列車に乗り継ぐこともふつうに考えられます。
この前提で、在来線特急列車でセンターサーバ照会方式のチケットレスサービスを実現しようとすると、在来線のあらゆる改札機をセンターサーバ方式に刷新しないといけませんので、実現には時間がかかるかもしれません。
交通系ICカードと予約の紐づけで人気列車の指定席券転売防止!
個人的に期待したいのは、指定席券の転売防止です。
企画列車など、鉄道ファンの人気が高そうな列車に関しては、センターサーバ照会方式のチケットレスサービスのみでの発売として、紙の指定席券を発券しないようにするのです。
センターサーバ照会方式のチケットレスサービスであれば、手持ちの交通系ICカードと、チケットレスサービスのアカウント(JR東日本であれば「えきねっと」)が紐づいていますので、「転売」しようとすると、交通系ICカードごと売る必要があります。
さらに、交通系ICカードは、チケットレスサービスのアカウントと紐づいていますので、これを解除する必要もあります。何度も交通系ICカードを紐づけたり、解除したりするアカウントがあれば、一定期間アカウントを停止するなどの措置を取るようにすれば、転売防止の効果が高まるように思います。
センターサーバ方式ではシステム障害時の影響が心配
良いことだらけに見えるセンターサーバ方式の改札システムですが、懸念事項もあります。それは、システムダウンの影響が大きくなることです。
現行の改札システムでは、自動改札機の中で運賃計算が完了しますので、Suicaのシステムがダウンしたとしても、自動改札機単体で入出場の処理を継続することができます。
一方、センターサーバ方式の新たな改札システムでは、ネットワーク回線を通じてセンターサーバと通信し、センターサーバで運賃計算を実施します。
センターサーバそのものや、センターサーバを稼働しているクラウド基盤、あるいは、センターサーバと自動改札機をつなぐネットワーク回線のいずれかに障害が発生すると、自動改札機が停止してしまうのです。
センターサーバ側やクラウド基盤の障害時には、特定の駅だけでなく、広いエリアで自動改札機が動かなくなってしまう恐れがあります。
さらに、前述のような、センターサーバに指定席などの予約を照会する方式のチケットレスサービスが実用化されていた場合には、これも動作しなくなってしまうでしょう。
Suica等の交通系ICカードのシステムでは、サーバ側にも情報が格納されていますが、ICカードに記録された情報が原本という扱いになっています。そのため、路線バスのカードリーダなど、ネットワークにつながっていないものでも、正常にチャージ残高を引き去る処理ができるわけです。
現行の交通系ICカードの改札システムは、良くも悪くも、交通系ICカードと自動改札機で最低限は動作するシステムになっているわけです。
センターサーバ方式では、このメリットがなくなってしまいます。システムやネットワークの障害時の社会的影響が甚大になる可能性がありますので、これにどう備えていくかは、新たな課題になりそうです。
以上、『JR東日本が「Suica」システムをクラウド化へ! 在来線のチケットレス化、会社間・エリア間利用に期待!』でした。路線網の複雑さや、JR会社間での運賃通算等の影響で、まだまだ不便なところが残る鉄道のサービスですが、これを機に、一気に便利になることを期待したいですね。
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